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2025年02月17日

能登半島地震の被災地に派遣された教員の話を聞きました

対談インタビュー:令和6年能登半島地震の被災地から見えた災害医療の最前線(薬学科 山下 美妃 教授 × 看護学科 石川 幸司 教授)

202411日に発生した「令和6年能登半島地震」。そこでは看護学科の石川 幸司 教授が厚生労働省の災害派遣医療チーム「DMAT」の一員として、薬学科の山下 美妃 教授は日本薬剤師会からの要請で、それぞれ現地に派遣され、医療活動を行いました。2人は東日本大震災などの被災地でも医療活動を行ってきた災害医療のスペシャリストです。

その2人が能登半島地震の被災地ではどのような活動を行い、どのようなことを経験してきたのか、さらには自身が経験したことを教育の現場でどのように伝えていきたいかについてお話しいただきました。

高齢者が多い地域で起きた能登半島地震。必要なのは普段の医療をいかに継続できるか。

-- まずはおふたりが派遣された経緯を教えていただけますか?

石川 私は前職の北海道大学病院時代から災害派遣医療チーム「DMAT」の一員として現在も活動を続けています。202411日に能登半島地震が発生し、震災直後は北海道からすぐに派遣されることはなかったのですが、被害が大きかったため15日に要請を受け、被災地に向かいました。

 

山下 私は日本薬剤師会が能登地震に対して薬剤師を派遣する活動を行っており、北海道薬剤師会から大学の先生にも行ってもらいたいと派遣依頼がありましたので、「ぜひ行きたいです」と手を挙げました。


-- 具体的にはどのタイミングで被災地に入り、どんな活動をされたのでしょうか?

石川 私は震災の約1週間後の1月7日に現地入りし、被害の大きかった輪島市や珠洲市の手前にある穴水町の総合病院を拠点に、被災した病院への支援を行いました。主に穴水町周辺の医療機関を支援するために患者さんの搬送や病院機能の補完を行い、それに加えて輪島市や珠洲市からの患者さんの受け入れ支援も行いました。

 

山下 私は、2月2日に金沢市に入り、その翌日から輪島市の門前町で活動を開始しました。いくつかある活動の一つはJMAT(日本医師会災害医療チーム)と一緒に避難所を巡り、医師の処方を元に必要な薬をモバイルファーマシー(災害時に医薬品を積載して調剤や医薬品の供給を行う車両)で調剤して届けるという活動です。さらに近年は公衆衛生への関与も薬剤師の役割として重要であり、避難所での換気の状態を確認するための二酸化炭素の濃度測定も行いました。

災害派遣医療チーム「DMAT」
日本医師会災害医療チーム「JMAT」本部にて

-- 石川先生は病院支援ということでしたが、さらに詳しく教えていただけますか?

石川 私の所属するDMATの大きなミッションは、被災地の医療体制全体を立て直すことです。そのため、DMATは被災地域に拠点を作って全体を俯瞰しながら病院支援から患者搬送、避難所の医療体制整備などを行うのですが、今回は輪島市や珠洲市などの高齢者が多い地域での被害が大きく、そこでの病院機能は壊滅的な状況でした。私は救急処置室(ER)や病棟での支援を行いましたが、水道も断水して電話も通じない中での活動はとにかく大変でした。

 

山下 それは過酷ですね。

 

石川 医療従事者の手洗いもままならず、救急車もいつ来るかわからないという環境で、特に水道の問題は深刻でした。数十人もの高齢者が病棟で寝たきりになっていて、おむつの交換を毎日しなくてはいけないのに、その手洗いをペットボトルでしかできない。コロナやインフルエンザはアルコール消毒で感染を予防できますが、ノロウイルスはそうはいきません。手洗いが絶対的に必要ですから、そうした環境を整えることから、まずは行いました。

 

山下 災害時には普段の当たり前が通用しなくなりますよね。私たちもモバイルファーマシーで調剤できるとはいえ、搭載されている薬には限りがあります。避難所には市販薬が配置してありましたので、それらを処方薬の代替として使用可能かなどを検討して、医師や関係者にアドバイスしたり、滞在期間は4日でしたが、多岐にわたる医療活動に従事しました。

DMATの一員として
病院機能維持のための病院支援にあたった
看護学科 石川 教授
高熱で動けなくなった高齢者を
ERで処置するDMATチーム

電気も水道も使えない被災地での医療活動。雪の積もる冬だからこその課題も見えた。

-- おふたりはこれまでもさまざまな被災地で活動されてきました。その中で今回はどのような違いがありましたか?

石川 今回の最大の特徴は、発生が冬だったことです。特に能登半島の中でも奥の方の被害が大きく、そこに行くまでに時間がかかるため、支援体制を整えることの大変さを実感しました。熊本地震や北海道胆振東部地震のときもそうでしたが、大きな災害が発生したときは、まず県庁や道庁などの公的機関が備蓄している物資を届けます。最大の被災地が半島の奥で、しかも雪道であったことから届けるにも時間がかかり、なにより水道が使えなくなったのも非常に大きな問題でした。先ほどの手洗いだけでなく、飲み水や排泄にも支障をきたし、発生から1週間が経っていたにも関わらず、まだ簡易トイレすら病院に入っていない状況でした。それを見ても支援が遅れていると感じられましたし、被災された方々にとっては相当に過酷な環境だったと思います。

 

山下 石川先生のおっしゃる通り、今回は真冬だったのが一番の違いでした。門前町にはかなりの数の避難所があり、私たちはそこを車で巡っていたのですが、道路に雪は積もっていますし、凍結もしています。北海道から来た私たちは雪道に慣れているので重宝されましたが、雪道に慣れていない他の地域の薬剤師にとっては運転すること自体に危険が伴います。冬の災害ではそうした二次災害の危険性があることが分かりましたし、避難所の防寒対策についてもまだまだ課題があるように感じました。

 

石川 災害に向けての今後の課題や問題がたくさんありましたね。私たち医療従事者は常に支援体制をブラッシュアップして次への備えを考えています。今回は冬に起きた場合も想定して平時から備えを万全にしていくことの必要性を強く実感しました。また、現地ではそこで初めて会った人たちと支援活動を行いますが、息を合わせて迅速に動くためには、何をすべきか情報を共有できる体制づくりにも日頃から取り組んでおく必要があると思いました。

 

山下 実際に災害が起こってからでは情報共有がとても難しいですよね。私も今回、石川県薬剤師会が日本全国各地から派遣される薬剤師を管理していたのですが、全体コントロールすることの難しさを改めて感じました。さらに私たち薬剤師だけでなく、被災地では医師をはじめ、他職種との連携が必要不可欠です。そのためにも全体を俯瞰してうまく連携を取る立場の人がいないと現場はなかなか回らないと感じました。

避難所の医療支援や衛生管理状況の確認などにあたった
薬学科 山下 美妃 教授
モバイルファーマシー(災害時対応医薬品供給車両)

すべての医療従事者が知っておくべき災害医療。被災地で何ができるのかを教育の中で伝えたい。

-- 今回のおふたりが被災地で経験してきたことを、どのように学生たちへの学びにつなげていきたいですか?

石川 いつどこで起きるか分からない災害時の医療活動は、医療に従事するすべての人にとって必要なことです。看護学科では4年次に「災害看護」という選択科目を設けていますが、そこで災害が起きた際には医療体制がどう変わるのか、病院はどのような機能を有しているのかなどを生の声として届けるようにしています。また、山下先生が話していたように有事には情報がとても重要で、トランシーバーを使っての情報の伝え方や災害時だからこその活動の仕方を実践的に理解してもらえるように、大学の防災訓練と組み合わせた実習も行っています。今までは興味のある人に私の経験や体験を伝えてきましたが、これからは災害医療にはどんなことが必要なのかを学生全員に理解してもらえるような取り組みを増やしていけたらと思っています。

 

山下 私も医療従事者全体に教育が必要だと思いますし、そのうちの一部の人がスペシャリストになっていくんだろうなと思っています。私自身は選択科目の一つとして東日本大震災の被災地を訪れる研修を2012年から毎年、実施しています。また、薬学部としても、1年次に災害の話をする必修授業があります。今回の経験は、そこでもしっかりと生かしていきたいと思っています。


-- 能登半島での活動は、おふたりにとってどのような経験になりましたか?

石川 やはり手を洗うこともトイレを使うこともままならない状況が過酷だったということです。自分の生活環境を整えながら支援することの難しさを実感した被災地派遣でした。被災地の状況を踏まえて、しっかりと準備することの重要性を、身をもって理解できましたので、そうしたことも教育を通して伝えていきたいと考えています。

 

山下 私は被災地における薬剤師の役割を強く認識した支援活動になりました。薬剤師法には薬剤師の役割として「調剤」「医薬品の供給」「公衆衛生」の3つが挙げられているのですが、「公衆衛生」に対する薬剤師の役割については、あまり理解が進んでいないように感じています。今回の活動において避難所の巡回をする中で、避難所の衛生管理が避難者の健康維持に大きく関わっていることを再認識し、薬剤師としても公衆衛生にしっかりと関わっていくべきであるという意識が高まりました。今回の経験を活かし、薬剤師が担う公衆衛生への役割を学生たちに伝えていきたいと思います。