建築学科特別講演会【自然とつながる建築をめざして】を開催しました
2026年7月24日(金)、明治大学准教授の川島範久氏をお招きし、北海道科学大学建築学科レクチャーシリーズ_01「自然とつながる建築をめざして」を開講しました。本講演会は、建築学科の学生を主な対象として実施し、学外からの参加者も迎えて開催されました。

川島範久氏は、川島範久建築設計事務所代表、明治大学理工学部建築学科准教授として活動する建築家・研究者である。日建設計での実務を経て、現在は建築設計と研究の双方から環境と建築の関係を探究している。東京・大崎の超高層オフィス《NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)》で日本建築学会賞(作品)、既存オフィスビルを改修した《GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支店改修PJ》で日本建築学会作品選奨を受賞するなど、その活動は環境工学、建築設計、既存建築の改修、資源循環など多岐にわたる。
自然とのつながりをつくる技術
川島さんのレクチャーは、大学入学時に出会った仙台市の公共文化施設《せんだいメディアテーク》の話から始まった。建築家によるデザイン、構造家によるエンジニアリング、そして急速に発達していたコンピューター技術の統合によって、それまでにない建築が生み出される時代の中で、意匠・構造・環境を横断しながら建築をつくることに可能性を感じたという。講演では、コンピューター技術の進展とともに、構造だけでなく光や風、熱といった環境までを統合した建築への関心が語られた。
その後、環境工学を学び、日建設計で最初に携わったのが《NBF大崎ビル》であった。住宅とは大きくスケールの異なる建築では、機械設備なしに内部環境を成立させることが難しい一方、その大きさゆえに影やビル風、ヒートアイランドなどを通して周囲の環境そのものを変えてしまう。そこで、都市を通る海風を内陸へ導く建物形状や、雨水の蒸発による気化熱を利用した外装システムなどが、環境シミュレーションを用いながら検討された。
一方、その建物が完成した2011年の東日本大震災を契機として、それまで比較的楽観的に捉えていた技術の進歩に対し、そもそも技術は何のためにあるのかという問いが立ち現れる。その後のUCバークレーでの研究を通して見出されたのが、技術によって自然から切り離された環境をつくるのではなく、複雑な自然を読み解き、そこへのつながりを再構築するという技術のあり方であった。

既にそこにあるものを読み直す
こうした視点は、新しい建築をつくることから、既に存在する建築や集落を読み解くことへと広がっていく。徳島県西阿波などを対象とした伝統知リサーチでは、集落の配置や建築形式を環境シミュレーションによって解析し、長い時間をかけて形成されてきた形の背後にある合理性を明らかにしていった。最新技術を新しい形をつくるためだけでなく、既にある形の意味を発見するために用いるという転換である。
こうした実践を経て、川島さんは自然を、地球表層の薄い領域である地球生命圏に存在する身近な資源として捉え、太陽・大地・生命・既にそこにあるものの4つに整理している。太陽とは光や風、熱など太陽と地球との関係によって生まれる気候、大地とは土や木などそこから得られる材料を含む大地そのもの、生命とは植物や動物、虫、微生物までを含む。そして既にそこにあるものには、人類がこれまで地球上につくり上げてきた人工物も含まれる。これは一般的な自然の定義ではなく、川島さん自身が近年整理している考え方である。
その理論的な背景として紹介されたのが、フランスの思想家ブルーノ・ラトゥールによる『地球に降り立つ』の議論であった。川島さんは、自身が考えてきた自然とつながる建築とラトゥールの議論との重なりを見出したという。そこでは、有限な地球から離れる方向へ技術を用いるのではなく、地球の表層であるクリティカルゾーンへと改めて降り立ち、そこで生きるために科学や技術を用いるという方向性が示されている。
その上で興味深いのは、いわゆる自然環境だけでなく、人間がこれまでにつくり上げてきた建築や人工物までが、既にそこにあるものとして自然の射程に含まれることである。これは、人間活動によって大きく改変された環境そのものを、私たちが現在生きる自然として引き受けるという、いわば人新世的な環境認識とも重なるように感じた。
そこでは、自然/人工という単純な二項対立はもはや成立しない。近代以前の人びとが太陽・大地・生命とつながり、既にそこにあるものを活用しながら暮らしを組み立てていたように、現代においてもまた、私たちは既に人工物によって形成された環境の内部に生きている。 川島さんのいう自然とつながる建築とは、失われた原初的な自然へ回帰することではなく、人工物を含めた現在の環境をどのように読み取り、そこに新たな関係をつくるのかという問いとして捉えることができるのではないだろうか。

資源の一時的な滞在場所としての建築
千葉県鴨川市の古い納屋を改修した《築土庵》や、名古屋の既存オフィスビルを改修した《GOOD CYCLE BUILDING 001》では、こうした思考が建築生産そのものへと展開される。
そこでは、完成形を先に決めて必要な材料を集めるのではなく、その場所に存在する土や木、建設残土、既存躯体などから、何ができるのかを考える設計が試みられている。《GOOD CYCLE BUILDING 001》では、既存建築を活用しながら光や風を取り込み、都市の建設行為から生まれる残土を再び材料として建築へ戻していくことで、建築を都市における資源循環の中へと位置づけ直すことが試みられた。
ここで重要なのは、自然素材を使えばよいという単純な話ではないことである。例えば木材についても、どこから、どのような森林管理によって得られたものなのかまでを考え、持続的に管理される吉野の森林から材料を調達する。
また都市では、通常は廃棄物として扱われる建設残土に手間をかけてふるいをかけ、土壁として再利用する。材料それ自体の属性ではなく、その資源が生まれ、使われ、再び循環していく関係全体を設計の対象としていることが特徴的である。

GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支店改修PJ photo by Jumpei Suzuki
さらに、使用された部材が将来再び取り外され、別の場所で用いられることを想定することで、建築そのものを材料の一時的な滞在場所として捉える考え方が示される。大阪ガスの実験集合住宅NEXT21の住戸改修プロジェクトである《編み替えの家》では、その対象は自然素材だけでなく、既存の工業製品やインフィルへと広がっていく。住戸内に残された部材を丁寧に解体し、再加工・再配置することで、既にそこにあるものを次の暮らしへと引き継ぐことが試みられている。
建築を完成した物として固定するのではなく、様々な資源がその都度関係を結びながら存在する場所として捉えるこうした考え方は、建築のつくる/壊すという二項対立を問い直すものでもあるように感じた。

フラットに見て、ゆっくりつくる
質疑では、川島さんが定義する既にそこにあるものについて、伝統知として価値づけられてきた過去と現代との間に存在するものを、どのように扱うのかを質問した。それに対して川島さんが語ったのは、伝統的な知と現代的な知をフラットに見るという姿勢であった。近代以降の工業製品も非常によくできているとした上で、そこにあるものを一度同じ地平に置き、何を用いるのかをその都度判断する。これは、伝統的なものへの回帰とも、人工物の無条件な肯定とも異なる態度である。
もう一つ印象的だったのが、建築教育についての質疑で語られたゆっくりという言葉である。かつての民家は一世代で完成するものではなく、何世代にもわたって手を加えながら完成されてきた。それに対して現在の建築は、ローンや工期、市場の仕組みによって、短期間で完成することを前提としている。川島さんは、設計や施工を進める中で考えが変わること自体を受け入れながら、焦らず、ゆっくり考えてゆっくりつくることの重要性を語った。
さらに、時間をかけることは単なる非効率ではなく、材料そのものに多くの費用を投入する代わりに、解体や再利用、施工に関わる人の手間に価値を置くことでもあるという。完成までの速度を落とすことによって、人と材料との関係や、建築をつくる過程そのものを取り戻すことができるのかもしれない。

最新のコンピューター技術への期待から始まったレクチャーが、最後にはゆっくりという言葉に辿り着いたことは興味深い。しかし、それは技術を否定することを意味するのではないのだろう。むしろ重要なのは、技術を用いて何を加速させるのか、あるいは何をあえて加速させないのかという、その使い方にある。
自然と人工、伝統と現代を一度フラットに捉えた先で、それでもなお何を選び取るのか。その判断に現れる建築家の職能については、今後さらに思索を深めるべき問いとして残されたように思う。
今回のレクチャーは、建築を学ぶ学生達にとって、環境に配慮した建築という言葉を超えて、自らが何を自然として捉え、どのような速度で建築と向き合うのかを考える機会になったのではないだろうか。
北海道科学大学 工学部 建築学科 助教 長谷川敦大

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